デイリーフレネ

NO1669 小説『お行儀-佳子と北野洋の場合』(2) 2018.11.14


Part 1 1968 札幌 

 

札幌市南七条西十丁目の自宅から東本願寺前電停まで歩き、市電に乗車。西四丁目電停、さらに札幌駅前電停で乗り換え、予備校前電停で下車。これが1968年当時の北野の日課だった。軍隊上がりの父親の命令でどうしても北海道大学か防衛大学に入学せざるを得なかった北野は、その年の北海道大学受験、数学を白紙で提出。見事に不合格の栄光を勝ち取った。

 

修学旅行で初めて内地に渡り、東京の文化に圧倒され、何が何でも東京に出ることだけが目的の大学受験だった。

「一年浪人するのだから、来年は東大か防衛大学を目指せ」

かくして、北野は国鉄桑園駅前にある札幌予備校に通うことになる。

 

「大丈夫よ!北野君、頭いいから、北大だって東大だって受かるわよ。今年の受験だって、誰が見ても合格だったのにどうしたのよ?」

小学校・中学校、そして高校まで同じ学校だったガールフレンドの佳子は、そういって、いつも北野を励ましてくれた。

「わたしの家は、あんまり余裕がないから、どこでもいいから短大に入って就職する」

そう言って、佳子は開校して一年、小樽にある短期大学英文科に入学。

 

北野は、東大に合格すればとりあえず上京できるので、予備校のルーティンワークにまじめに取り組むことにした。難関大学受験特進クラス、最前列の席に陣取り、常時ベストテンに入る成績を取る。

 

類は友を呼ぶ。互いをペースメーカーとして、数名の友人が北野の周りに集まった。

ある日のこと、午前中の授業が終了後、札幌で一番大きい冨貴堂書店に参考書をあさりに行った帰り道、北野たちは、昼食を取るために食堂に入った。

「お!カレー南蛮があるやんか!俺、これを食うわ。いやあ、懐かしいなあ」

北大医学部志望、関西出身の田代が小躍りする。

北野をはじめ、北海道出身の友だち全員、カレー南蛮という料理のイメージがわかない。

「カレー南蛮って、どういう料理?」

「まあ、出て来るのを見てや。お楽しみ!」

 

出てきたカレー南蛮・・・。

「なんだ、うどんにカレーをかけたのがカレー南蛮?」

「まあ、ちょっと違うけどな。カレーにうどんやそばのだし汁も入っているんや」

そう言って、田代はうどんを口に運ぶ。

 ・・・。くちゃくちゃ、くちゃくちゃ。

田代の食べ方に北野たちは、互いに顔を見合わせる。

(なんて、下品な食べ方だ!)

カレー南蛮が熱いので、口を開けているのかと思ったが、どうもそうではない。

くちゃくちゃ、くちゃくちや・・・。

沈黙の昼食。

「なんだ!あの下品な食べ方!俺は、もう、田代とは一緒に飯食わねえ!気分悪くなる!」

吐き捨てるように言う友だちの面々。北野もそう思った。

 

「北野君、今度の日曜日、私の家に遊びに来ない?予備校のお友達、誘ってもいいよ」

佳子の父親は、佳子の高校卒業と同時に定年退職し、今は、その会社の男子独身寮の寮監をしているという。

さて、どうしたものか?誰を誘おうかと友達の一人と相談していると、「何や?俺も誘ってくれへんか?ええやろ?」

通りかかった田代が図々しく割り込んでくる。友達は、嫌な顔をする。無下にも断れない。

結局、田代も含め総勢5名で押しかけることにした。

 

佳子の家は、父親の退職と同時に豊平川の川向うに引っ越しした。西四丁目電停で待ち合わせし、終点豊平駅前電停に着くと、佳子が待っていてくれた。家は、ここから徒歩五分だという。まだ、定山渓鉄道の列車が走っている時代だった。

 

佳子の家について、驚いた。そこは、佳子の自宅と言っていいのかどうか、躊躇してしまう。木造平屋建ての男子独身寮の居ぬき二室が佳子の自宅だった。北野ら五人が入ったら、もう満員・・・。

「狭いでしょう。お父さん、退職してここをただで貸してくれるっていうから、まあ、しようがないよね」

屈託のない佳子の笑顔。思わず、北野も微笑んでしまう。

 

「何もないけれど、カレーを作ったから食べてね」

お昼時にお邪魔したのもお行儀が悪いけれど、ぼくらは、田代の顔をうかがった。

「おおきに!うん、このカレー、うまいわ!」

・・・、くっちゃくっちゃ、くっちゃくっちゃ。

北野もカレーを口にはこんだ。

(ん?)何か、違和感がある。

「ごめんね。お野菜だけのカレーなの」

申し訳なさそうに、そして率直に話す佳子。

(そうか、肉は高いので買えないのか・・・)

それでも、精いっぱいのもてなしをしてくれる佳子を見ていると、涙がこぼれそうになった。

 

「肉なしのカレーもうまいもんやなあ!お代わりあらへん?」

・・・、くっちゃくっちゃ、くっちゃくっちゃ。

「あるわよ!どんどんお代わりして!あ、それから、田代君っていったっけ?ご飯を食べる時、口をあけてくっちゃくっちゃ、食べるのは、無しね。反則だよ」

「えっ、そうか?俺、くっちゃくっちゃ、食べてるか?全然、気づかへんかったわ。言うてくれてありがと。これから、気をつけるわ」

「それから、北野君、ご飯粒いっぱいこぼしているよ。はい、新聞紙を敷いてね」

全員、どっと笑い声!

 

そうなんだよな、言ってあげればいいんだよな。

そんなシンプルなこと、対話の重要性を佳子から教わった1968年。

 

翌年、東大の入試が安田講堂の落城と共に中止になった。

北野は、滑り止めに受けた私大で、発表が一番早かった大学に進学した。

ただ、東京に出たいだけの大学進学だった。

 

そして、街には、こんな歌が流れていた。

 

風』 

人は誰もただひとり 旅に出て

人は誰もふるさとを ふりかえる

ちょっぴりさみしくて ふりかえっても

そこにはただ風だけが 吹いているだけ

人は誰も人生に つまづいて

人は誰も夢破れ ふりかえる

 

プラタナスの枯葉舞う 冬の道で

プラタナスの散る音に ふりかえる

帰っておいでよと 振りかえっても

そこにはただ風だけが 吹いているだけ

人は誰も恋をした 切なさに

人は誰も耐えきれず ふりかえる

 

何かをもとめて ふりかえっても

そこにはただ風だけが 吹いているだけ 

ふりかえらずただひとり 一歩ずつ

ふりかえらず泣かないで 歩くんだ

何かをもとめて ふりかえっても

そこにはただ風が 吹いているだけ

吹いているだけ 吹いているだけ

吹いているだけ...

作詞:北山修 作曲:端田宣彦

 

1968年の冬、北野と佳子は封切られた『ロミオとジュリエット』を指定席で観て、無言のままそれぞれの道を歩むことになった。

                             ―続く―

 

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